プロ選手 等身大/ アイサン 福田真平 選手 篇

「もうダメだぁ」、から一歩先へブレイクスルー。

一瞬の積み重ねが人生まで変えていく気がします。

福田 真平 (ふくだ  しんぺい) 選手

生年月日/1987年11月22日

出身/神奈川県

特徴(脚質)/スプリンター

 

 

◎   自転車競技(ロードレース)を始められたキッカケは ?

僕の父が自転車を扱う問屋に勤めていたため、小学生の頃からプロの自転車選手にお会いする機会があり、子ども心に「カッコイイ!」と憧れていました。低学年の頃はMTBに夢中でしたが、5年生になった頃、当時ミヤタに所属していた安藤選手と知り合い、ロードバイクを体験させてもらいました。たった1回で「なんてスピード感があるんだ。メチャメチャ気もちイイ」と、ロードバイクの魅力にハマってしまい、以降、週末のロードバイクの練習会にも参加させてもらうように。その勢いのままプロまで突っ走った感じです。

 

◎   どのようなステップを経て愛三工業レーシングチームに?

12歳の頃(中学生)からアマチュアのワタナベレーシングチームに所属。いまも活躍中の多くの選手達とも出会うことができ、貴重な体験をさせてもらいました。高校は綾部選手の出身校でもある県立藤沢北高校(現 藤沢総合高校)へ入学して迷わず自転車部へ。藤沢北高校の自転車部は世界選手権出場(1998年)の実績がある国内屈指の強豪校で、ここでも自転車三昧の3年間でした。卒業後、spacebikes.comを経て、2007チームミヤタで念願のプロデビュー。2008年からはブリジストンアンカー所属となりましたが、この頃から自転車人生、挫折寸前の大スランプに。特に2009年は成績も奮わず、年齢的に22歳だったこともあって、自転車のプロを諦めて普通に就職するなら今かなとか、日々思い悩んでいました。そんな時にアイサンの田中監督から連絡をいただき、「アイサンでやってみないか」と誘っていただきました。

それで、すぐにアイサンで走ろうと思われたのですか?

いえ、心の中はほぼ引退に傾いていたので、いいお話だったのにも関わらず、すぐには答えが出せませんでした。

では、何が福田選手に決断させたのでしょう?

「あなたを必要としている」と、当時の田中監督からと言っていただいたことが決断の決め手でした。「必要だ」という言葉が、こんなにに人の心を動かすんだと。その気持に従うことに決めて2010年からアイサンで走っています。

 

◎ 愛三の印象は加入前と後とで変わりましたか?

子どもの頃からプロの選手と一緒に練習させていただいていて、綾部選手や現アイサン監督の別府選手などとも顔見知りだったのですが、それでもチームとしてのアイサンにはどこか近寄りがたさを感じていました。その頃は、ほとんどの選手が僕より年上でしたし、何を話せばいいんだろうとか(笑)。でも、中に入ってみると、確かに最初はお互いぎこちない面もありましたが、一緒に走っているうちに自然と打ち解け、仲間意識を感じるようになりました。自転車に関しては皆真剣ですが、それ以外では冗談も言い合うし、休みの日もお互いの買い物、といっても自転車絡みが多いのですが、に連れ立って出かけることも少なくありません。

 

◎   アイサンでは寮生活と伺いましたが、それも仲の良さと関係が?

それはそうと言い切れないかもしれません。というのも、根本的にフレンドリーなチームでなかったら、一緒にいる時間が長くなるほど、かえって仲が悪くなるような気もします。アイサンはその辺りの選手と選手の距離感とか気遣いとかが、中に入ってみると適度だと感じます。

 そうした環境は成績にも結びついたとお感じですか?

はい。以前のチームが悪いという意味ではまったくありませんが、環境がガラッと変わったことで、まず気持ちもが大きく切り替わりました。また、経験豊富な先輩方とトレーニングやレースを重ねる中教わることも多く、いろいろな要素がうまく咬み合い、スランプから抜け出すことができたのだと思います。

 

◎   これまでで一番印象に残っているレースは?

スランプを経験していたので、アイサンで勝ったレースは「抜け出せ」たという自信を与えたくれたという意味でも印象に残っています。
でも、いま一番印象に残っているのは、今年のツアーオブジャパンの飯田ステージです。僕は山岳コースが苦手なので、登りがキツイ飯田ステージは走る前からプレッシャーが。実際、走って1周目ですでに遅れ出し、グルペットと呼ばれ、集団の一番後ろに着いて完走を目指すグループへ。ツアーオブジャパンは完走しないとそれ以降のレースを走れなくなるため、それだけは避けたいと頑張ったのですが、何周かするうちにグルペットからも千切れて遅れ出し、30メートルと引き離されました。「もう棄権しよう」そう思った瞬間、「イヤ、駄目だ、ここで止めたらきっとこの後後悔する。いや、一生後悔する」そんな思いが頭をよぎり、もう一度ペダルを漕ぐ脚に力を込めました。

それで完走出来たのですか?

自分でも驚いたのですが、規定時間内に完走できました。そんな力、残っていないと思っていたのですが、諦めなくて本当に良かった。完走できたことで、これまでの自分はメンタルの弱さから限界や実力を低く見積もりすぎていたのではないかと気付かされました。大げさな言い方かもしれませんが、あの瞬間を自分の意志で乗り越えたことで、これからの一生が変わった気がしています。

 

◎   ご自身の壁をブレイクスルーしたことは、その後のレースにも反映されていますか?

はい。8月に開催された『シマノ鈴鹿国際ロードレース』で、2位に入賞することができたのも、その成果の一つだと思っています。ただ、最後のゴールスプリントでチームUKYOの畑中勇介選手を差し切れなかったのは悔やまれます。

 

 

どういう意味で悔やまれるのですか?

気迫で負けた感があります。ゴール直前に横一線に並び、自分自身にも優勝のチャンスはあると感じていたにも関わらず、畑中選手からもっと熱い想いが伝わって来て、それに押され、一瞬遅れをとってしまいました。僕をゴール前のスプリント勝負にまでアシストしてくれたチームメイトにも本当に申し訳なく、最後の最後でも押し負けない気持ちの強さ、プロである以上、絶対に引かずに勝ちにこだわる気持ちをもっと強くしなくてはと思います。

あの時は観戦している私たちもほとんど同着にみえたのですが、選手の方は僅かな差でもどちらが勝ったか分かるものでしょうか。

はい。例え数センチでも、勝ったか負けたかというのは当事者には分かります。1秒を長く感じるような、密度のすごく濃い時間がゴール前スプリントにはあります。

 

◎いま、力を入れているトレーングはありますか。

スプリントに関する部分は、西谷コーチがトレーニングメニューを組んでくれるのでそれに則ってやっています。それをやりながら、さらに上を目指すトレーニングとして、タイムトライアル的な能力アップに結びつくトレーニングを自分では考えて取り組んでいます。スプリントで勝つのはもちろんですが、そこに持って行くまでのスピードと持久力のアップが課題だと思っています。

 

◎最後にファンの方へのメッセージをお願いします。

いつも「シンペー」と声を掛けてくださる皆さん。応援どうもありがとうございます。最後のもうひと踏ん張りが必要な時、自分一人では心が折れそうになるのですが、皆さんの声援があると限界を超えられます。ぜひ、皆さんの応援で背中を押してください!  そして、アイサンを末永く愛してください。宜しくお願いします!!

 

・・・

「ゴール前スプリントは負けず嫌い精神と負けず嫌い精神のぶつかり合い」「自分に負けたくない」とおっしゃる福田選手。口調は穏やかですが、いざという時はもしかしてちょっと怖い(強い)かも、、と感じさせる眼力にプロ魂を見せていただきました。


福田選手、ご協力どうもありがとうございました。

 

次回は、伊藤 雅和 選手のお話をご紹介します。

お楽しみに〜。

 

綾部勇成選手紹介記事はこちらから

中島康晴選手紹介記事はこちらから

伊藤雅和選手紹介記事はこちらから

 

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