HOME連載 > 自転車徒然草第15回「震災に負けずに、ともに頑張ろう!東日本」ページ1

連載コラム

連載 自転車徒然草

next 2 1 back

第15回「震災に負けずに、ともに頑張ろう!東日本」

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)により、被害に遭われた方々に謹んでお見舞いを申し上げますとともに、1日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。


今、僕にできることから

3月11日、三陸沖で起きたマグニチュード9.0の巨大地震が東日本一帯を襲った。震源地から遠く離れた、僕が住む名古屋市も震度4で大きく揺れた。ここ最近、東海地方は岐阜県高山市近辺で群発地震が続いていたので、当初この地方を震源とする地震かと思っていたのだが…、テレビで被災地の状況を目にして愕然とした。猛烈な揺れに加え、巨大津波が濁流のように船や車、家をも呑み込んでいく。被害はどれほど広がるのか…少しでも少ないことをただ祈るしかなかった。


3月13日、僕はサイクリングに出かける計画を立てていた。愛知県の南端、太平洋沿いに伊勢湾に突き出した渥美半島は、この季節、菜の花が見ごろをむかえる。ひと足先に春を感じながら海沿いのサイクリングロードを自転車で走ろうと思っていたのだ。実は先月も、この渥美半島へサイクリングに出かけるつもりだったが、その時は雪が降ったため中止に…。そして今回は、地震である。
地震発生後、愛知県の太平洋沿岸にも津波警報が発令された。一部地域では避難勧告が出され、渥美半島では自主避難した住民もいたという。翌12日には、愛知県内の避難勧告は解除され、津波警報は津波注意報に。東北地方に出されていた大津波警報も津波警報に切り替えられた。その後も被災地では余震が続き、福島原発の事故も予断を許さない状況である。13日朝には、愛知県内の津波注意報は解除されたものの、さすがにサイクリングに出かける気分ではなかった。

愛知県内の津波注意報は13日の朝に解除された

地震によって尊い命と暮らしが一瞬にして奪われ、大きな悲劇の中にいる人たちに、被災地から遠く離れた名古屋で、僕が今できることはあるのだろうか。そんなことを考えずにはいられなかった。医療従事者でもない、自衛官でもない、まして政治家でもない僕ができることは限りがある。募金をしたり、節電を心がけたり、むやみに買い占めるようなことはしないとか…。刻々と明らかになる被害状況に言葉を失い、無力感を感じながらも、自分ができることをするしかないのかもしれない。
僕には、サイクリングに出かけようと思っていた時間と、ロングライドを楽しむ体力だけはある。時間と体力に余裕のある僕ができること…そうだ!献血に行ってみようと思った。そこで、妻を誘って献血へ、自転車に乗って出かけることにした。


震災で自転車イベントも中止に

名古屋の街を自転車で走ると、普段と変わらない日常があった。ただ3月13日、本来なら名古屋の街では世界選手権の代表選考会を兼ねた「名古屋国際女子マラソン」が開催されるはずだった。それが、震災の影響でマラソンは中止になり、交通規制もなくなった。

中止になった名古屋国際女子マラソン、交通規制の案内だけが残っていた

ツール・ド・ジャパン開幕戦も震災の影響で中止に

マラソンだけでなく、プロ野球オープン戦やJリーグの全試合が中止になるなど、震災はスポーツ界にも大きな打撃を与えている。自転車スポーツに関しても同様だ。国内最大級の市民ロードレース「ツール・ド・ジャパン」第1戦・川越ステージが中止となったのをはじめ、首都圏を舞台とした自転車ロングライドイベント「TOKYOセンチュリーライド」など、全国でさまざまな自転車イベントが中止になった。また、競馬や競輪、競艇なども各地で中止になったようだ。「大津びわこ競輪」は11〜13日までの開催を最後に61年の歴史に幕を閉じるはずだったが、2日目(12日)以降の開催打ち切りが決定。決勝のジャン(打鐘)が鳴ることなく伝統ある競輪場が幕を閉じることになった。
また、今後開催される自転車イベントも自粛や延期が決定されているものもあるようだ。この状況下でのスポーツイベントの開催は「被災して苦しんでいる人たちがいるのに、不謹慎」という意見もあるのだろう。特に競技だけでなく、レクリエーション・趣味としての側面も大きい自転車スポーツは、楽しむことが罪悪感につながることもあるのかもしれない。でも、本来スポーツは人を元気にしてくれるもの。スポーツをする人、それを観る人に元気を与えてくれるものだ。被災地を支援するにしても、支援する側が健康で活力ある生活を送っていないことには継続的な支援をおこなうこともできない。今、大切なのは、学ぶべき人は学び、働くべき人は働き、健康な人はより健康であり続ける。被災地への思いを胸に、普段の生活を精いっぱい続けることではないだろうか。ペダルを回すように、経済を回していく。そしてサイクリストたちの心をひとつにし、自転車イベントを通して支援を届けることができたら素敵だと思う。


献血は分散して、継続的に

名古屋市の繁華街・栄にある、公園やバスターミナルなどの公共施設と商業施設が一体となった「オアシス21」。ここでは、3月13日に愛知県内の16大学の学生が集まって献血への理解と協力を求める献血啓発イベント「学生スプリング献血2011」が開催され、学生たちが街ゆく人たちに献血を呼びかけていた。僕と妻も、このイベント会場で献血をすることにした。ステージでのライブイベントは震災により自粛されていたが、献血をする人は多く、午前中だけで50人ほどの献血者が訪れたそうだ。
僕も妻もはじめての献血。まず受付を済ませて、問診を受けた。僕は健康な人なら誰でも献血できると思っていたのだが、健康であっても妊娠中の人や海外から帰国4週間以内の人など、献血できないケースもあるそうだ。僕は20代の頃、肺気胸で開胸手術を受けたことがあるのだが、過去に輸血歴がある人も献血ができないとか。張り切って献血に行ったものの、「善意のお気持ちだけいただいておきます」ということになり、妻の献血が終わるのを待つことになった。

「学生スプリング献血2011」、2台の献血バスによる献血活動は、
目標の120人分の献血が確保できた

震災以降、僕と同じように少しでも被災者の力になればと献血へ行く人が全国的に増えている。愛知県内の献血ルームでも連日、若者を中心に通常の約1.5倍の献血者が訪れているそうだ。ただ、血液には有効期限があり、赤血球が21日、血小板が4日、血漿(けっしょう)が凍結保存で1年。献血が一度に集中すると血液の期限切れが発生することにもなりかねない。また献血には年間献血回数と献血の間隔といった基準があり、採血後すぐに献血できるわけではない。成分献血で2週間後、全血献血(200mLの場合)で4週間後でないと献血ができなくなる。献血は一時期に偏ることなく、継続的に協力することが大切のようだ。


被災地復興を後押しする募金活動

献血者が多く待ち時間もあって、妻の献血が終わるまでには1時間ほどかかるというので、僕はぶらっと街を歩くことにした。地震発生から2日目、各企業や団体はすでに被災地への義援金の寄付や募金活動を始めていたが、街頭でも高校生や大学生など若者たちが義援募金活動をおこなっていた。献血ができなかった僕が今できる震災支援は募金くらい、被災地復興への思いを込めて、わずかな金額だけど募金に協力した。

多くの人が足を止め、街頭募金に協力していた

被災地では食料や医薬品、ガソリンなどの物資が不足しているといわれているが、個人からの義援物資の送付は混乱を避けるために受け入れられていない。そこで僕たちが今できる支援といえば、義援金として金銭的な寄付をおこなうことになる。今後復興が本格化していくと、必要な時に必要なものに使えるお金(義援金)は被災地の重要な支援になるはずだ。なにしろ、震災と津波で損壊した道路や住宅、港湾施設などの被害額は、政府が試算したところによると最大約25兆円に上るという。それは阪神大震災の被害額10兆円を大幅に上回り、日本の国家予算約92兆円の4分の1を超える膨大な額だ。
未曾有の大震災がもたらした甚大な被害によって、被災地復興への道もまた間違いなく長いものになるだろう。支援が必要なのは今だけではない。支援する側も息切れしないようにLSDで被災地を支えていくことが大切な気がする。できる時にできることを、そして必要とされる支援を継続的に提供することが被災地復興への大切な力になるだろう。

back 1 2 next