シッチー、偉大なる大先輩のTV取材を受ける! 第4弾

前回からの続きです~。

 

 TV取材後半ようやくシッチーの顔にいつもの笑顔が

 

◎20代後半、S級にあがって最初のピークを経験。

 

僕が競輪選手としてなんとか納得できる結果が出せるようになったのは、

20代も後半になってから。

なんとかゴール勝負に絡みたいと自分なりにいろいろ研究する中で

『動く骨(コツ)』という身体の動かし方について独自の視点で

解説(体幹内操法といいます)している本と出合い、

その著者の栢野忠夫先生を訪ねてからです。

 

僕の回りの選手は知っていると思いますが、

栢野さんの体幹内操法に従ってペダリングをした結果、

捲りのキレが格段に良くなったのです。

 

そして、2006年のふるさとダービーで決勝に進み、

一丸選手とゴール勝負ができた。

このレースはひとつの自信になりました。

その後、S級のF1でも優勝できてすごくうれしかったですし、

2006~2007年にかけて競輪選手として最初のピークが来たと思っています。

 

 

◎そして40代、落ち込みから立ち上がり再び燃える!

 

これまでGⅠにも参戦。

一度は決勝の舞台まであがることもできました。

しかし、なにか現実感がないというか、、、

特に、決勝ではGⅠ独特の雰囲気にノマレてしまったような感じで、

ちゃんと勝負できていなかったとずっと思ってきました。

 

でも、それをすごく悔しいとは思わず、

S級のF1で優勝するレベルで満足していたところもあって。

 

そういう姿勢だったからだと思いますが、その後また勝てない時期が。

 

結局、自分でいろいろと工夫しても勝てない時期が続き、

そんな状態をなんとか打破したいと、

3年前、思い切って山田(裕仁選手)さんの懐に飛び込むことに。

山田さんにはそれまでも、いろいろと気にかけて頂き、

人づてに「練習を観てやろうか」と言ってくれているとも聞いていました。

でも、最初はまだ自分の力で何とかしたいという気持ちが強くて。

しかし、自分の年齢的なことも考えて、意地を張るより

先輩の懐に飛び込もうと。

 

 

まず、一番最初に練習を観てもらった時、

「志智はロードレースがしたいのか」と言われ、

それまでロードの練習をすれば競輪にも強くなると、

ただ信じ込んでいたことに気付かされました。

 

気付かされて、それを変える。その繰り返しを約3年。

 

その結果が昨年からの、再度のピークに現れていると思います。

 

 

最初のピークの時、身体の使い方で重いギアへ移行できたため、

身体の感覚を変えるのが嫌で、パワートレーニングはしないでいたのですが、

結局、それが自分の中の壁を超えられない原因になっていたことにも気づかされました。

 

僕のことを「新しいことをどんどん取り入れて柔軟」と誉めてくれる人もいますが、

実は、結構行き詰まるのまで、うまく行ったスタイルに固執するところもあるという(笑)。

 

いまは、山田さんのおかげでまだまだやれる!

そんな気がして来ているので、もう一度、GⅠの決勝に乗りたい。

敢えて「頂点を目指す」と宣言して頑張って行きたいと思います。

 

インタビューの締めくくりは、記念Tシャツへのサイン

 

インタビュー後、尊敬する「吉岡稔真」元選手が見つめるなか、練習走行も撮影

 

岐南高校の同級生、山田雅之選手も参加

 

シッチーのTV取材レポートは以上です。

・・が、おまけの番外編も次回あります~。

 

志智散歩 過去記事はコチラから

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取材メモ

●山田 裕仁選手 (1968年生まれ 61期)

主要レース優勝歴

KEIRINグランプリ 1997、2002-2003 日本選手権競輪 2002-2003 競輪祭 2002-2003 全日本選抜競輪 1998 SSカップみのり 2009 ふるさとダービー 1回 S級S班 2010

http://keirin-station.com/senshu/recent/011812

 

SPEEDチャンネル視聴方法

http://www.speedchannel.co.jp/cnt/howto/index.php

 

スカパー! 無料の日(基本毎月第1日曜日)

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