自転車と家族と日本と…ザック・レイノルズさん①来日編

ロードレースやヒルクライムの選手の皆さんから「ザックさんという、速くてイケメンのオーストラリア人の選手がいる」と、しばしばお名前を聞いていたサイクルジャム編集部。
どんな方なのだろうと好奇心を膨らませていたところ、灯台もと暗し。実は、以前『気になるあの人』で取材させて頂いた、小嶋選手や筧選手と同じ『イナーメ信濃山形』所属ということが分かり、
ツテをたどって取材させて頂くことに。

 

また、当日はザックさんが勤務されている『BMC日本総代理店・ フタバ商店』さんのご好意で、ザックさんのお時間とインタビュー場所もご提供頂きました。

(フタバ商店の皆様、どうもありがとうございました)

 

 

 

 

さて、初めてお会いしたザックさんは、日本語も流暢に話される(外国語が???の編集部はホッです)とても気さくなNICE GUYでした。
それでは早速ザックさんのお話をお楽しみください

 

 

Q1 )いつ頃、なにがきっかけで来日を?

 

オーストラリアから日本に来たのは、今から約15年前です。

いま、41歳になりましたので26歳の頃ですね。中学生の頃から日本語を習っていたのですが、

大学卒業後に就職した企業では日本語を使う機会がなくて、“もったいないな”と感じるようになり、じゃ、いっそ日本に行って働きながら、さらに日本語を勉強しようと思い立ちました。

それで、日本での仕事を探していたところ、運良く小学校や中学校で教えるネイティブの英語教師として採用が決まり、山梨県での生活がスタートしました。

 

 

Q2)実際に来日されての印象は?

 

赴任先は山梨県の大月市だったのですが、自然も豊かでのんびりしているし、アウトドアスポーツを楽しむのにもいい環境だったと思います。

特に、オーストラリアには高い山があまりないので、高低差のあるロードでランニングのトレーニングができたのは、大月市ならではの経験だったと思います。
仕事の方は1週間毎に違う小・中学校に赴き、日本人の英語教師とペアで授業をするのですが、それ以外に休み時間や放課後、子供たちと遊ぶのも私の役割。そこでの子供たちとの会話は、簡単な日本語で成り立つことがほとんどだったので、私にとっては日本語のいい勉強になりました(笑)。

 

 

 

Q3)その頃から自転車競技をされていたのですか?

 

いえ、私はオーストラリアにいた頃はトライアスロンの選手で、来日当初は日本でもトライアスロンをやっていました。

だから、自転車だけの競技には出場していませんでした。

といっても山梨県の近辺ではトライアスロンの試合がなく、参加するには遠征しなくてはならないため、もっぱらランニングでトレーニングを積んでいました。

ところが、そのトレーニング中に脚を骨折する怪我を負ってしまい、それ以降、特に脚に負担のかかるマラソン種目でタイムを出すことが難しい状態に……。

個人的にはトライアスロンの中でもマラソンが一番自信もあり、好きな種目だったのでとても残念でした。

ただ、自転車も好きだったので、それからは気持ちを切り替え、自転車競技に的を絞って参加するようになりました。

 

 

人に歴史あり。戦績からてっきりオーストラリアにいた頃から自転車競技のアスリートだと思い込んでいたのですが、実は国際大会での実績もあるトライアスロン選手だったとは。

しかも、練習中の怪我で自転車競技に転向されていたという。

その前向きな姿勢に、ちょっと胸の奥が熱くなったサイジャム編集部なのでした。

自転車競技に転向してからのザックさんのお話は次回に続きます。

 

 続きはコチラから

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【取材MEMO】

 

 

 

 

 

ザック・レイノルズさん

<日本での主な戦績>

●2004第1回全日本実業団サイクルロードレースin小川 BR-3 優勝
●2009第6回全日本実業団富士山ヒルクライムロードレースBR-1・優勝
●2009乗鞍スカイラインヒルクライムBR-1・優勝

●2009Mt.富士ヒルクライム 準優勝
●2009小谷ヒルクライム・優勝

 

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