レースイベント仕掛け人 YKOとは?…①

一昨年、GONZO PARK(ゴンゾーパーク)で開催されるレース・イベント『Crifford(クリフォード)』を取材して以来、レースの仕掛け人である「丸山由紀夫」さんが「気になるあの人」に。とはいえ、なんとなくお話をお聞きする機会がないまま、最近、youtubeで公開されている丸山さんの『月刊YKO日記』を拝見。レースや自転車の魅力を、元日本トップライダーというより普通の人の目線で語るその姿勢にピピッと来て、いきなり「サイクルジャムにブログを連載して頂けませんか」と無茶ぶりさせて頂きました。というわけで今回の気になるあの人は、突然のお願いにも快く応じてくださった丸山由紀夫さん(元MTB日本トップライダー)をフィーチャーします~。

 

 

丸山さんとのはじめての出会いはこちらから。

丸山さんのブログはこちらから。

 

 

今日はあらためて丸山さんのことをいろいろとお伺いさせてください。

まず始めに丸山さんと自転車との出会いについて教えていただけませんか?

 

僕、物心がついた頃は、自動車がすごく好きだったんです。
でも、子どもですから当然自動車の運転はできない。
そうこうするうちに自転車というもを知り、そのメカっぽさに自動車と通じるものを感じ、
さらに、こちらは子どもでも乗れますから、気がついたら自動車のことは忘れ、
自転車であちこち行くのが大好きな小学生になっていました。

 

で、もう少し成長して中学生くらいになってくると、自転車のショップにも興味を持つようになりました。といっても、お金はないのでなにか買うというわけではなく、とにかくいろんな自転車を見て回るのが楽しいってことで。当時、僕は豊橋に住んでいましたが、中でも地元の「カントリーモーニング」さんという、ショップが一番のお気に入りでした。

そのカントリーモーニングさんである日、壁に飾ってあった「ダートブロス」のポスターを発見。それは、MTBで大ジャンプをしているシーンでした。で、店長に「これ、カッコいいですね」と言ったら、「君もやろう!」って返されて、一瞬「エッ?!」と思いましたけど、反射的に「やりたいです」と(笑)。
そのあとはトントン拍子。早速、当時そのお店の常連さんだったライダーの方たちに紹介して頂き、一緒に走行会などに連れて行ってもらえるように。それが、忘れもしない中学2年生の夏のことでした。
さらに、当時僕みたいな中学生が他にも数人いて、みんなまとめて面倒みてもらえたんで、同年代仲間とライバルとして競い合って練習できたというのもすごく良かったですね。

 

 

なんだか、運命的というか、すごく幸運な出会いに恵まれたっていう感じですけど、MTBというと当時お金も結構かかったと思うのですが、ご両親とかはなにも言われなかったんですか?

 

実は、僕は片親で母親が男兄弟3人を育ててくれていたんです。

 

あ、立ち入った質問をしてしまってすみません、、、。

 

 

いいんですよ。気にしないでください。まぁ、そんなわけで家に金銭的な余裕はありませんでしたから、自転車も中古の、俗にいうMTB の“ルック車”に乗っていました。

でも、子どもだから、ルック車では悪路走行できないとか、あまりそういう専門的なことは考えず、感覚でイケそうだなというところは行っちゃえ、みたいな(笑)。実際、それで事故もなく乗れてたんで、ルック車と言えど結構性能は良かったんだなと(笑)。

また、練習場所やレース会場までは、大人のライダーの方が連れて行ってくださったので、そういう意味でも恵まれていました。そのせいか、母親も僕がやりたいんならと許してくれてましたね。当時は、そのありがたみがいまいち分かってなかったところがあったのですが、自分が大人になって思い返すと、ショップの店長さんをはじめ、周囲の方たちには本当に良くしてもらったと感謝しています。

 

 

その後、日本トップライダーにもなられていますが、その原点は「カントリーモーニング」さんにあったということですか。

 

 

はい。その通りです。あのポスターへの感動と、その時の店長さんの一言がなければ、日本トップライダーになることはできなかった。多分、ただの自転車好きの子どもで終わっていたと思います。

 

さきほど、練習場所の他にレース会場にも連れていってもらっていたとおっしゃっていましたが、当時からレースにも参加されていたのですか?

 

 

そうですね。カントリーモーニングさんはレースにもすごく力を入れられていて、ショップ主催のレースも定期的に開催されていました。勢い、みんなレース出場にも熱心で、僕も大会規定に適うものはできるだけ参加させてもらっていました。本当に毎週のように、練習かレースに連れて行ってもらっていましたね。

 

 

当時のレースの様子はどんな感じだったのですか?

 

とにかく参加者が多かったです。ちょうどMTBブームだったし、全国規模の大会で約2000人集まっていました。ちょっとしたレースでも軽く100名くらいの参加者が集まってくるような、ひとつの全盛期と言っていい時代でした。

 

 

そうだったんですね。その中で大人に交じって中学生の丸山さんたちもレースに出場されいて、戦績としてはどうだったのですか。

 

 

いまでもそうですけど、子どもが大人と互角に戦えるスポーツや競技って、そんなに多くないのでは。その中で、大人と競って、しかも中学生でも勝てるというのがMTBレースの、特にダウンヒルレースの魅力の一つだと思います。そこが子ども心にもなんだかすごく誇らしい感じがして、夢中になって取り組みました。実際、一緒にやっていた中学生仲間も含め、大きな大会でも上位争いに絡めていました。

でも、この頃はまだ将来日本トップライダーになろうとか、なれるなんてこともまったく考えられもしなかったし、純粋にMTBが好きで好きで乗っていた。レースなんかもその場にいるだけで十分満たされて楽しくて、本当にただの自転車小僧でしたね(笑)。

 

 

今回の丸山さんのお話はここまで、次回は、いよいよプロの世界を意識し出した高校生時代から、実際に日本トップライダーとして活躍された頃のお話をお届けします。

思いもよらない、意外な一面も、、、ぜひ、お楽しみに~。

 

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【取材MEMO】

1982年3月16日 生まれ
三重県在住
所属:TEAM  ML OPEN/Crifford

現在はレースの第一線からは退き、自転車関係の仕事をしつつ、レースイベントのプロデュースや月刊YMOの配信など、自転車を愛する人々のサポートと自転車ファンづくりにも力を注いでいる。

◎主な戦績
05 ジャパンシリーズDH 第5戦第2位、
06 ジャパンシリーズランキング第4位、同年ナショナルポイントランキング第5位

他、DVD“OUTWARDBOUND3 ” にも登場


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